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OKINAWA ARCHITECTURE 忘備録
読谷山焼 大窯
Yomitanzan-yaki Ogama(1980)

読谷村座喜味の一角に、沖縄の焼物文化を象徴する大きな登窯がある。読谷山焼大窯は、1978年に米軍基地から返還された村有地に、陶芸家の大嶺實清、山田真萬、玉元輝政、金城明光の4人が中心となって築いた共同窯だ。1980年に完成し、いまも現役で使われている。
設計の手本となったのは、壺屋の「東ヌ窯」。実測調査をもとに伝統的な連房式登窯を再現し、9つの焼成室が連なる姿は圧巻だ。屋根には古瓦、柱には古い木材や電柱など、建て替えで生まれた廃材を積極的に再利用。読谷産の石を使った石積みと土、木、瓦による素朴な素材感が、周囲の風景にしっくりとなじんでいる。
背景にあったのは、基地返還後の読谷村が掲げた「文化村」と、陶芸家たちが描いた「陶芸村」という二つの構想だった。観光ブームによる土産物の大量生産ではなく、暮らしの器としての「やちむん」を取り戻す。その思いが、この共同窯を生んだ。
北窯や陶芸研修所へとつながる読谷の陶芸文化の原点のひとつ。約半世紀を経たいまも薪をくべ、火を入れる。建築そのものが、沖縄の手仕事と風景を未来へつなぐ装置になっている。

設計/匠設計(洲鎌朝夫)
施工/大嶺 實清、山田 真萬、玉元 輝政、金城 明光、他
構造形式/窯:粘土 覆屋:石造 地上1階 本瓦葺
用途/読谷山焼共同窯
所在地/読谷村座喜味2653-1

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