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建築は、人生を変える装置になる。
金城司が追求する、暮らしに寄り添う建築のかたち

沖縄建築の巨星・金城信吉の三男として生まれ、物心ついた時から既に建築家を志していたという金城司氏。武蔵野美術大学で造形を学び、一見すると幾何学的で抽象的な「デザイン性」を志向する作家像を彷彿とさせるが、その本質は真逆にある。彼が設計において最も優先するのは、住む人の動きを徹底的にシミュレーションした「生活動線」と、滞在する空間・時間の「居心地」である。形が先にあるのではなく、生活の必然性がプランの中で練り上げられ、最後に必然として立ち現れる外形こそが理想だという。「建築は人の人生を変える力がある」という確信のもと、自らの生活体験を糧に、人の営みに深く寄り添う機能的な空間美を探求し続けている。

――― あなたにとって「沖縄建築」を定義するものとは何でしょうか。

金城司(以下司)学生時代はモダニズムに傾倒し、抽象的な箱のような建築に引かれていましたが、沖縄の過酷な日差しを前に「このスタイルでは住めないのではないか」と葛藤していました。転機となったのは、建築家・窪田勝文氏の住宅作品『Y-HOUSE』との出会いです。壁と庇が巧みに組み合わされた構成を見て、いわゆる「沖縄らしさ」とモダニズムは共存できるのだと確信しました。さらに独立後、那覇市内の密集地で手がけた住宅(vol.063)での経験が、思考の幅を大きく広げてくれました。雑多な周辺環境に対し、あえて空間を「閉じる」ことでプライバシーを守り、逆に窓を開け放てるという逆説的な心地良さに気づいたのです。場所の本質を読み解き設計に生かすことで、ステレオタイプな「沖縄らしさ」という固定観念から解放され、より幅広い意味での沖縄の豊かさが建築デザインの中に静かに表出するのだと実感しました。

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    建築家としての原点に。学生時代に出会い、その後の設計思想に大きな影響を与えた「Y-HOUSE」

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    独立後の活動の転機となった住宅。密集地であえて空間を「閉じる」ことでプライバシーを確保し、窓を開け放てる逆説的な心地よさを見いだした

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    場所の本質を読み解き、「沖縄らしさ」という固定観念を超えて、その土地ならではの豊かさを静かに建築へ映し出した一作

―――  沖縄の気候に対して、建築はどのように応答すべきだとお考えですか。

先端の技術やデータは尊重しますが、数値のみに依存することはありません。大切なのは、深い庇や坪庭の配置など、先人たちが培ってきた「感覚的な正しさ」を現代の技術で再構成することです。例えば浴室に小さな坪庭を設けるだけで、風の抜け方や湿気のこもり方は劇的に変わります。こうした身体感覚を丁寧に設計にフィードバックさせることが、数値上の性能を超えた先にある、本当の居心地の良さを生むのだと考えています。

――― 設計において最も大切にしていることは何でしょうか。

住宅では何よりも生活動線と、そこに留まる時間の質を追求しています。プランニングの段階では、まず住む人の動きを徹底的にシミュレーションし、家事動線や生活の流れに違和感がないかを突き詰めます。形が先にあって、空間をそこに合わせるような設計は一度もしたことがありません。施主の要望や生活上の本質的なあり方がプランの中で練り上げられて、最終的に揺るぎのない一つの建築として結実する。そうしたプロセスを経て完成した空間こそが、住む人の生き方を支える強固な基盤になると考えています。

――― 自邸「Surga(スルガ)」での生活は、ご自身の思想にどのような変化を与えましたか。

建築には、住む人のマインドや行動を劇的に変えてしまう力があります。自邸での暮らしは、私にそのことを身をもって教えてくれました。 以前は建物の「中」の居心地ばかりを考えていましたが、この家に住み始めてからは意識が「外」の世界、つまり環境そのものへと向き始めました。水平線から昇る朝日や刻々と変わる空の色を眺める日常の中で、「自分は宇宙や自然の摂理の一部なのだ」ということを、言葉ではなく身体感覚として受け止めるようになったのです。 この体感は、私の行動を大きく変えました。朝食を丁寧に作り、その豊かな時間をSNSで発信し始め、さらには目の前の海のゴミが気になり出し、ビーチクリーン活動を継続するようになりました。ついには地域の景観審議委員として環境改善に参画するまでに至っています。建築とは単なる物質ではなく、人の生き方や価値観をより良い方向へと導く「人生の装置」になり得るのです。

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住むことで生き方を変えた、自邸「Surga(スルガ)」。暮らしそのものを見つめ直し、建築の可能性を知らしめた

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雑誌の企画で窪田氏と対談。沖縄の魅力も、この土地ならではの良さも、まだまだ教えられることばかり

――― これからの時代を担う若い建築家へメッセージをお願いします。

司 自分の感性を信じて、周囲の声に臆することなく突き進んでほしいと思います。自邸『Surga』の建築時も、「鉄とガラス張りの建築は沖縄にそぐわないのではないか」といった多くの声を耳にしましたが、実際に暮らしてみるとそこには言葉にできないほどの感動があり、世間の固定観念とは真逆の豊かな時間が流れていたのです。
もちろん、人の助言に耳を傾けることも大切ですが、自らの人生の軸を他人に委ねてしまうのは、あまりにもったいないことだと思うのです。目先の利便性や合理性ばかりに目を向けるのではなく、自分が本当に正しいと信じた道を粘り強く歩み続けてください。その継続こそが、いつか必ず揺るぎない自信へとつながります。建築には、人の生き方や地域の未来さえも変えてしまうほどの大きな力が宿っています。泥臭い努力を厭わず、その可能性を信じて目の前の課題に全力で挑み続けてほしいと願っています。

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<Perspective>
金城司氏にとって建築は、単なる造形物ではなく、住む人の行動や価値観を劇的に変容させ、その人生をより良い方向へと導く「生の基盤」である。動線や居心地といった極めて身体的な感覚を設計の起点とし、生活の本質に深く寄り添う彼のスタイルは、沖縄の風土におけるモダンと機能性の高度な融合を体現している。自邸での生活体験を糧に、建築の価値を個の空間から周辺環境や社会活動へと拡張させていくその真摯な姿勢は、建築家の役割が単なる空間の創造主である以上に、社会の質を能動的に向上させる「実践者」であることを鮮明に示している。

金城 豊 / TUTAKA KINJOU
有限会社 門一級建築士事務所

取締役 一級建築士
1972年1月  南風原町に生まれる。
1995年 武蔵野美術大学を卒業。
1994年 立川美術学院建築科の講師を務める
 

1999年 兄の金城豊と共に、有限会社門一級建築士事務所を共同設立

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