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記憶をつなぎ、未来へ手渡す。
建築は「時間の器」である

沖縄建築の巨星・金城信吉の息子として生まれながら、当初は建築に興味を持たず、むしろ父への反発から人工的で抽象的な表現を追求した時期もあった。しかし、東京での修行や世界的コンペへの挑戦、そして弟・金城司とともに立ち上げた「門一級建築士事務所」での経験を経て、金城豊がたどり着いたのは、「建築はカタチではなく思想である」という確信だった。その設計を貫くキーワードは「記憶」である。それは単なる過去の再現ではなく、その土地が持つ歴史や、そこで過ごす人々が積み重ねる時間を、現代建築というフィルターを通して未来へ接続する行為に他ならない。その視線は今、一つの建築という枠組みを超え、個の記憶を地域社会の財産へと昇華させ「共有の記憶」の創出へと向かっている。

――― あなたにとって「沖縄建築」とはどのようなものですか。

金城豊(以下豊)私自身、真っ正面から「沖縄らしさ」を意識して設計したことはほとんどありません。そ場所にしかない固有の価値を、歴史や風土の層から丹念にすくい上げていくことに主眼を置いています。でもだからこそ、「沖縄だから実現できた」と思える作品に仕上がったり、どこか「沖縄的なもの」が立ち現れてくるのは、当然の結果ともいえます。世界に二つと同じ場所は存在しません。沖縄という特異な場所で設計する際、その地形や素材、そして代々そこで営まれてきた人々の記憶をつなぎ合わせることで、初めてその建築の必然性が生まれます。これは単なローカリズムの追求ではありません。個人の微細な記憶であっても、それが人間が共通して持つ普遍的な感覚に根ざしていれば、沖縄という枠組みを超えて世界中の人々の心に響く、普遍的価値を備えた建築になり得ると信じています。

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    個人の記憶を、次の世代へ共有する記憶に。沖縄建築への熱い思いを語る金城豊氏

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    金城信吉の「三番目の自邸(沖縄の家)」は、沖縄の伝統的な住まいを現代建築として再解釈した代表作。その遺志を受け継ぎ建築家になった3人の息子達の育った家でもある

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    大きく張り出した水平屋根とガラスの開口が、光と風を招き入れる。琉球石灰岩を敷き詰めた庭と一体となった、開放感あふれる自社オフィス

―――  沖縄の気候に対して、建築はどのように応答すべきだとお考えですか。

   もちろん、先端の技術やそこから得られるデータ、知見は不可欠なものとして尊重しています。省エネ基準などの数値をクリアすることは現代の建築において当然の前提ですが、それはあくまで評価の一側面に過ぎません。 大切なのは、深い庇による影の形成や風の道筋といった、先人たちが培ってきた「感覚的な正しさ」を現代の技術で再構成することです。実際、私たちが感覚を研ぎ澄せて設計してきた手法は、結果として現在の高い省エネ水準をも満たしています。現場で肌感じる光と影のコントラストや、微妙な風の変化。そうした数値化された性能を超えた先にある身体的な魅力を探求することこそが、建築の本質的な価値を生むと考えています。

―――  金城さんの設計において「記憶」という言葉は非常に重要な意味を持っていますね。

豊    建物という物質そのものよりも、そこで人々が体験した記憶のほうが、より鮮明にイメージとして刻まれると考えています。 例えば、第5回沖縄建築賞で正賞を受賞した『アカジャンガーの家』では、かつて貝塚時代の人々が歩いたであろう道に、当時と同じ風景を呼び起こすような琉球固有の植物を植えました。また、自邸を再生した民泊施設『クニンドー』では、かつてテーブルだった琉球杉をベッドのヘッドボードに流用したり、取り払った壁の名残にサンゴを敷き詰めたりと、素材が持つ時間を空間に織り込んでいます。建築にこうした土地や素材の『物語』を込めることで、住む人が地域の歴史を再発見し、場所への愛着を深めていくきっかけを創出したいと考えています。

―――  「共有の記憶」を育むために、具体的にどのような活動をされていますか。

『クニンドー』では、建築を「私有」から「共有」へと開放する実験を行っています。その一環として、地域の子どもたちに向けた建築教育に取り組んでおり、建物の中を実際に「見たり、触れたり、感じたり」してもらうことで、自分の家や地域の環境について考えるきっかけづくりを提供しています。 一方で、民泊として利用するゲストには、単なる観光の拠点以上の体験を持ち帰ってほしいと願っています。家族やグループが同じ朝日を浴び、語らい、笑い声を響かせる。そうした「一緒に過ごす」時間の積み重ねこそが「共有の記憶」となります。沖縄で体験した記憶を自身の文化と比較し、旅の経験として持ち帰ることで、それらがゲストのその後の生活スタイルの一部になってくれれば、この施設を作った意味があると感じています。

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    沖縄建築賞を受賞した『アカジャンガーの家』。異なるボリュームの白いボックスを3列に配し、ヒンプンを思わせるポーチの壁と、足元に敷き詰めた琉球石灰岩が、端正な白い建築に沖縄らしい表情を添えた

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    南東コーナーから眺める外観。地域との距離を近づけるように、通常はフェンスの内側に配する庭木をあえて外側へ。緑が街ににじみ出し、建物と地域をゆるやかにつないでいる

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    自邸をリノベーションした民泊施設「クニンドー」。土地の記憶を感じる特別な空間で、日常を離れ、沖縄ならではのひとときを過ごすことができる

―――   若い建築家へ伝えたいことはありますか。

    若い人たちもいずれ必ず年を取ります。その時に振り返って、自分が社会に何を残せたかを考えてみてほしいのです。大切なのは「つないでいく」という意識です。自分の作品をつくることは、いつかかにその場所を託し、バトンを渡すための行為であるという自覚を持ってください。新築だけに固執する必要はありません。リノベーションでも何でも、目の前の課題に真摯に挑戦すれば、そこには必ず新しい発見があります。そこで得たヒントを自分一人で完結させるのではなく、次の世代へつなぐ糧にしてほしいのです。 かつて父・金城信吉が遺した思想を、私たちは今『原空間との対話』の続編として形にしようとしています。これもまた歴史を接続し、時間的な価値を未来へ残していく試みに他なりません。自分の発見を独占して「誰にも教えない」という閉鎖的な世界に留まるのではなく、社会全体の共有財産として知見を惜しみなく発信できる、そんな開かれた建築家になってほしいと願っています。歴史という重みのあるバトンを正しく受け取り、それをさらに磨いて次へ手渡す「接続者」としての誇りを、ぜひ大切にしてください。

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<Perspective>

金城豊氏にとって建築とは、単なる物質的な「物」ではなく、そこに宿る時間を未来へ手渡すための「記憶の器」という意味合いを持つ。住宅という個人の私有財産を地域社会に開き、次世代の子どもたちや旅人と「共有の記憶」を育む彼の試みは、一つの建築が持つ価値を社会全体へと拡張させている。土地の文脈を丹念に読み解き、素材や風景に宿る物語を普遍的な価値へと昇華させることで建築を単体として完結させず、過去から未来へとつなぐ豊かな時間の連なりの中に位置付けている。建築を介して地域や歴史との血の通った対話を促し、個の記憶を社会全体の財産へとつなぎ直すその姿勢は、沖縄の暮らしをより豊かに拓いていくための確かな道標となっている。

金城 豊 / UTAKA KINJO

 

有限会社 門一級建築士事務所

代表取締役 一級建築士
1970年 南風原町に生まれる。
1991年 東京工業大学工学部付属工業高校専攻科建築科卒業
1991年~1995年 パラディサスアーキテクツに所属。
1995年 工学院大学建築学科卒業
1999年 弟の金城司と共に、有限会社門一級建築士事務所を共同設立

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